理解されない「日本式」

2012-06-08

6月8日(金)
ただいま出張中。
先日神話博しまねのPRに各県回ってきました。
神話博の説明を任され、やってきた訳ですが、その時あることを思い出しました。
会社にいた時の事です。外国人のスタッフから、こんな話を聞いたのです。
「日本人は、会議で説明する時に、最初から最後まで実に静かに話を聞いている。時々彼らが理解してるのかどうなのか、わからなくなることがある。」
私には彼が言っていることがよくわかりました。だからこう答えました。
「それは日本人の習慣です。わからないことや疑問な点があったら、途中でもその都度聞くようにと、最初に言っておけばいいのです。」

これは絶対に言えることです。「日本の常識は世界の非常識」

石原都知事がずいぶん昔に書いた「NOと言えない日本人」という本が、一時一斉を風靡しましたが、本の内容とは若干異なりますが、私は海外に行ったばかりの時、こんな事を言われました。
「意見が違ったり、嫌なことはNOと言って構わない。それは言った相手を否定していることではない。「事柄」を否定していることであって、相手の人格を否定していることにはならない。はっきり意志を示さない方が失礼だ。コーヒーを勧められて、飲みたくなかったら No thank you. と言えばいい。コーヒーは欲しくないんだというだけの話だ。」

プレゼンをした時に、その大きな違いを実感しました。
欧米ではやってる途中であっても、バンバン質問がきます。ある程度それを想定して臨まなければなりません。
ですからやる前に「これはこのような目的です。」ということをはっきり示してから始める必要があります。
そうしないと質問攻めにあってまとまりがつかなくなると、全然違う方向に話が進んでしまうからです。
日本ではすべて終わったあとで質問を受けます。
ですから順序立てて細かく最初から組み立てていく必要があります。
そう言うと、日本のプレゼンの方が準備が細かくて大変で、欧米の方が簡単そうに見えますが、私はそうは思いません。逆に自分の頭の中で全てのことをしっかり整理して、自分の考えをはっきり持っていないと、飛んだ目に遭うのです。
何事も経験。私も一番最初にやられました。

もちろん日本のいいところもありますが、日本の常識を基準にやっていたら、現在のグローバル社会では通用しないでしょうね。
これからの子供達には、そんな経験をどんどん積ませないと。
ディベートの大切さが問われています。瞬時に問題点を見つけ質問する。問われた方は、自分の考えをしっかり持ち、答えていく。
良い発想を取り入れる柔軟性も必要です。それは意見を聞く側が、しっかり準備していないとできることではありません。
「実践教育」が必要だと常々言っているのは、実社会ではその場その場で解決しなければならない問題がたくさん出てくる。それに対処する能力が一番問われるからです。

すべては日頃からの教育、訓練。詰め込み教育はほどほどにした方がいいですよ。本当に。

難しいことですが、「郷に入れば郷に従え」海外での常識を知り、対応することは、最低限のことであると思います。普段生活している日本では当たり前のことでも、海外からみると理解されないこともあるということを、子供達にわかってもらうことが、これから必要だと思います。

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